ごめんねが言えない

ごめんねが言えない時ほど、実は気にしているようにも思う。

私もごめんねが言えない方だ。関係が近いと余計に言いづらい。

言ってしまうと、相手との均衡が崩れるような、水くさくて恥ずかしいような、そんな感じもする。

それではいけないなぁと思う一方で、言わない方がいい時もまたあるように思う。

小学生の頃、隣の席の吉田君と仲が良かった。

仲が良い、というのは語弊があるかもしれない。気心知れた仲と言った方がいいのか。

小学校高学年というのは大抵みんなツンデレで、低学年の時ほどは素直ではないが、思春期ほどは反抗的ではない、そういう年頃である。

だからその頃の男子と女子は、お互いけなし合いながら気心を通じ合わせていくもので、それを「仲良し」と呼ぶのはちょっと違う気がする。

隣の席とか同じ班の級友というのは、親友ではないが、どこか疑似家族のような、兄弟のような気心の知れ方になってくる感がある。

ある日、習字の授業があった。

習字の授業では、自分の狭い机の上に半紙や筆や硯や見本を置くので、準備が大変めんどくさく、その不自由さも、手が汚れるのも、後片付けの大変さも、思い出すだけでもあー大人になれて良かったと思うのだが、

ある時、吉田君が自分の机から硯を落とし、床に墨をまき散らしてしまった。

そして、私のワンピースの裾にも墨がかかり、黒い染みをつくった。

ただちにしっかり者のクラスの女子達が奔走してくれて、私のワンピースは水道で洗われ、床の墨も拭かれた。

けれど、私の服についた無数の墨の跡は消えなかったのである。

この出来事は、クラスでよく起こる日々の小さな事故のひとつとして取り扱われ、処理されていったわけだが、

吉田君はその日はそれきり私に話しかけてこなかった。

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先日友人と話していて、彼が昔、長いこと片想いをしていたことを知った。

本人はそんな自分のことを馬鹿だと言って、少し恥ずかしそうに笑っていたが、

いつも控えめな友人が湛えている、そのひたむきさや一途さがよく表れた、いい話だなぁと思って私は聞いていた。

結局彼はその長年の片想いの相手とは結ばれずに、その後可愛らしい女性と出会い結婚し、今は良きパパである。

結ばれない相手との恋の苦しさは私にも身に覚えがあるし、それを彼は青春真っ盛りで経験しているわけで、本当に苦しくて切なかっただろうと想像する。

何をしていても相手のことが心から離れず、けれどその人は自分のことを選んでくれない。

それでも想いは消えずに募っていく。胸焦がす日々。

どうやってその人を心から追い出せばいいのか、わからない。

恋の苦しみとは何なのだろうとひとり思い巡らせていた時、ふと、ある知人とのやりとりが思い出された。

彼は35歳くらいで、そろそろパートナーが欲しいと言っていた。なのでどのような人がいいのか聞いてみたところ、返ってきた言葉は

「絶対年下。自分より上だなんて、考えられないよ。出産のこともあるし。」

私はそれを聞いた時に、なんともさもしくて残念な答えだと感じ、それ以上この話題を続けるのがばかばかしくなりやめてしまったと記憶している。

そして今になって、どうして自分がそれをさもしく感じたのかがよくわかるのである。

苦しいくらいに誰かを好きになるということは、豊かな経験である。

たとえその相手と結ばれようと、結ばれまいと。

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送別会

同僚の送別会の準備をしている。

本人は引っ越しの準備で何かと忙しいようで、日程もなかなか決まらない。

グルメな人なので、好きなお店を選んでいいと言ったのだが、いつもは何かとうるさい彼も自分の送別会ともなるとなかなか選びにくいようだ。

日程や場所についても、まわりは本人の都合に合わせますと言い、

本人もまわりの都合を気にしているので、決まらない。

どうぞどうぞお先にどうぞ、と誰もが譲り合っている状態だ。

本人も何やらもじもじしているので、

「たまには誰がどう思うか気にしないで、自分の心の声を聴いて決めなよ!」

と言っておいた。

翌日、改めて回答を聞くと、おずおずと自分の望みを伝えてくれた。

なんとも弱々しい言い方で。捨てられた子犬のような目をして。

「ねぇ、いま頭の中で何人くらいの声が聞こえたの?」と尋ねる。

「うーん、、6人くらい」と答える同僚。

「聖徳太子かよ!それほど賢くもないくせに、なに多くの人の声を同時に聞き分けてるわけ!?」と軽く暴言を吐きつつ突っ込んでみたが、

普段職場ではいじられキャラで、多くの話題と笑いを提供している同僚が、

心の中では、誰かに嫌だと思われたらどうしようという恐れが強く、そのため自分の意見を後回しにしがちなことを知っている。

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海辺の暮らし

昔付き合っていた人が、「何もかも捨てて、一緒にどこかの海辺で暮らしたいなぁ」と言ったことがある。

彼の妄想の舞台はなぜかいつも鄙びた漁港で、そこで働きながら6畳一間くらいのボロアパートで暮らすという、昭和の香り漂うものだった。

せっかくの妄想なのだから、せめてもっといい暮らしを想像してもいいだろうと思うのだが、親の期待に応え続けてきた彼にとっては、私と結ばれるためにはそれくらいの設定にしないと、様々なしがらみを断ち切れなかったのだろう。

結局私達はその後お別れしたので、海辺の漁港に駆け落ちする妄想が実現することはなかった。彼は今でもよく会う友達のひとりだ。

先日ひとりで江ノ電に乗り、七里ガ浜へ行った。

そして海沿いを歩きながら、道路沿いに立ち並ぶ豪邸や、渋滞の道路でのろのろ運転をしている高級車を眺めつつ、ふとその妄想のことを思い出した。

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