送別会

同僚の送別会の準備をしている。

本人は引っ越しの準備で何かと忙しいようで、日程もなかなか決まらない。

グルメな人なので、好きなお店を選んでいいと言ったのだが、いつもは何かとうるさい彼も自分の送別会ともなるとなかなか選びにくいようだ。

日程や場所についても、まわりは本人の都合に合わせますと言い、

本人もまわりの都合を気にしているので、決まらない。

どうぞどうぞお先にどうぞ、と誰もが譲り合っている状態だ。

本人も何やらもじもじしているので、

「たまには誰がどう思うか気にしないで、自分の心の声を聴いて決めなよ!」

と言っておいた。

翌日、改めて回答を聞くと、おずおずと自分の望みを伝えてくれた。

なんとも弱々しい言い方で。捨てられた子犬のような目をして。

「ねぇ、いま頭の中で何人くらいの声が聞こえたの?」と尋ねる。

「うーん、、6人くらい」と答える同僚。

「聖徳太子かよ!それほど賢くもないくせに、なに多くの人の声を同時に聞き分けてるわけ!?」と軽く暴言を吐きつつ突っ込んでみたが、

普段職場ではいじられキャラで、多くの話題と笑いを提供している同僚が、

心の中では、誰かに嫌だと思われたらどうしようという恐れが強く、そのため自分の意見を後回しにしがちなことを知っている。

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海辺の暮らし

昔付き合っていた人が、「何もかも捨てて、一緒にどこかの海辺で暮らしたいなぁ」と言ったことがある。

彼の妄想の舞台はなぜかいつも鄙びた漁港で、そこで働きながら6畳一間くらいのボロアパートで暮らすという、昭和の香り漂うものだった。

せっかくの妄想なのだから、せめてもっといい暮らしを想像してもいいだろうと思うのだが、親の期待に応え続けてきた彼にとっては、私と結ばれるためにはそれくらいの設定にしないと、様々なしがらみを断ち切れなかったのだろう。

結局私達はその後お別れしたので、海辺の漁港に駆け落ちする妄想が実現することはなかった。彼は今でもよく会う友達のひとりだ。

先日ひとりで江ノ電に乗り、七里ガ浜へ行った。

そして海沿いを歩きながら、道路沿いに立ち並ぶ豪邸や、渋滞の道路でのろのろ運転をしている高級車を眺めつつ、ふとその妄想のことを思い出した。

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