職場にて神と遭遇

職場の後輩に、「知らなかったです」で済まされてしまうことが気になっていた。

例えば海外出張のルールや就業規則。

始めから逐一説明してあげても頭に入らないし、情報量も膨大だから、前もってこちらから説明することはしない。

どこにルールブックが置いてあるかさえ教えてあれば、自分が必要と思ったタイミングで調べられるし、それが最も効率的だと思っている。

聞かれればもちろん教えてあげるのだが、そもそも聞かれることがない。

どこがわからなくて何を知りたいのかを、自分から聞いてくれなかったら、こちらもどんな情報を与えてあげたらいいかわからない。

そして当人は何も考えないまましばらくほったらかしにしてて、直前になって問題が勃発し、その時になって発せられる言葉が

「知らなかったです」

となる。

あなたの人生はひたすら待ちなのか!?人生を主体的に生きる気はないのか!?

と猛烈にダメ出ししたい気持ちに駆られた時、ふと、自分も人生でこのような状態になっていないかと、内臓がひやりとした。

出張に行くことは決まっている。つまり、予定は決まっている。

出発するまでにどんな情報が必要で、誰にコンタクトし、何をする必要があるのか。

その準備をしないと、どうなるのか。

先のことをできるだけはっきりとイメージして、今やる必要があることをする。

ただそれだけのことで、ある意味当たり前のこと過ぎて、何でそんなこともできないワケ!?とか思っちゃうのだが、

自分の人生に対しては、同じように待ちになってて、何もせずにぼんやりしながら、誰か

がなんとかしてくれるのを待っていないか。

てか、そもそも予定をちゃんと立てていないではないか。

神様が私に対して思ってることって、もしや同じかも・・・。

神>私:「どこがわからなくて何を知りたいのかを、自分から聞いてくれなかったら、こちらもどんな情報を与えてあげたらいいかわからない。」

・・・やばい。

後輩に説教しようと思っていたが即やめた。

これは私へのメッセージだったのだと、冷や汗をかきかき、今とても謙虚な気持ちになっている。

(と同時に、燃えるような恥ずかしさと、ふぅー後輩に説教しなくて良かった、あぶねーという気持ちと。)

神様の導きは批判的ではなく、今の自分に最も腑に落ちやすい角度で来るようだ。

決して自分の手は汚さず、相手が勝手に気づきを受け取って悶絶するという、悪魔のように効果的なそのやり方・・。

どうやったら私もそのようにやれるだろうと考えながら、神との遭遇は日常に溢れていることにも気づき、

おもしろいなぁと思うのである。

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