悲しみの井戸

私は恐い思いをすると、感情が麻痺するというか

心が凍りついて動かない、という状態になることがある。

そのような時は、何をしていても心がしーんとしており

とても白けた気持ちであり、

目の前で起きていることが

何か遠い出来事のような

ただの映像を見ているような感覚で、

現実味がない。

喜怒哀楽があまりないので、必然的に顔の表情も乏しくなり、

恐らく能面のようになっているだろうと思う。

自分がそのような状態になった時は、

きっと過去に何かショックなことがあったのだろう

恐い想いをしてトラウマがあるのだろう、と

それが何なのかを特定できていなくても

そう解釈することにして、

でもそれは今起きていることではなく、

もう終わったことなのだと

自分に語りかけるのである。

すると時を置いて、何かが少しずつ溶け出すように

そこはかとない悲しみが

ふわっと立ちのぼってくる。

そうだ。

私は悲しかったのだ。

誰しもが持っているであろう

深い悲しみの井戸。

そこから水を汲み出して

未来の希望の種に注ぐことができたら

そこに広がる世界は

どんなにか美しいだろう。

そしてその世界を実現するために

私達が今ここでやれることは

沢山ある。

そのことに

希望の光と

勇気と

悲しみを抱いた多くの人の

切なる願いを感じながら、

凍った心の下にある

本当の想いと情熱を取り戻し

自分との約束を果たそうと

ひとり静かに決めるのである。