分かれ道

会社の同僚男性とランチに行った時のこと。

彼には年上の奥さまがいるのだけれど、話を聞いていると

2人の間に流れている愛や信頼や尊敬のエネルギーを感じ、目の醒めるような思いがする。

新婚さんのフレッシュなそれとは一線を画すのは、様々な違和感を乗り越えて、だんだんと歩調が合ってきたと語る彼のその語り口に、彼女がいてくれて、日々彼を支えてくれていることへの感謝が滲み出ていたからだろう。

ビシッと筋の通ったその奥さまのお陰で、彼が以前よりも責任を取って生きられるようになったり、それにつれて器が大きくなっていったり、人としての魅力が増して行っているのが、伝わってきた。

私は「パートナーシップは苦しいもの」とどこかで思っているから、この二人の関係性にはっとした。

「関係性を構築する」ということから逃げてしまっている私とは、というか、「どうせ壊れるならそもそも深い関係性を持たない」というスタンスにいつの間にかなってしまっている私と彼とは、こうしてどんどん差がついていくのだということを思い知らされた気がした。

私は焦り、落ち込んだ。

自分の生き方やあり方が、何だか嫌になった。

そのいい加減さや無責任さに、ふいに嫌気がさしたのだ。

けれど、こうして嫌になった時に、放り出してしまうのか、そうじゃないかで

彼らのようになれるのかが決まるのだろう。

私は散々嫌になって放り出してきたタイプだけれど、きっとここが運命の分かれ道なのだろうことは、これまでの数々の失敗の中から気づいたことでもある。

この分かれ道で、今までよりもほんの少しでいいから、粘る。

と言っても、自分で自分を追い詰めるようなやり方ではなく、

放り出したくなるくらいの重圧を感じている自分のかぼそく健気な心に、ほんの少しでもいいから理解という光を投げかけよう。

私はそれをとても長い間怠ってきてしまったから。

そんなことを思い巡らせていたら

ふいに心がじわっと温かくなって、凍った何かが溶けていくような気がした。

一体これはどういうことなのだろうと自分に問いかけてみて初めて、

きっと神様が私の心を通して

静かにYesと伝えてくれたのだと

そんな風に思えてくるのです。