世界はあたたかく、そして潤っている

私はずっと自分は応援をもらえないタイプだと思っていたから、

人からの応援に頼らないで済むように、当てにしないで済むように

何でもひとりでやろうとしていた。

そして、恐いと思っていることも、

ひとりで処理しようとしていた。

人に頼らずに。

そしていつも大丈夫なふりをしていた。

内心大丈夫ではないけど、

当てにしても仕方ないし、と

どこかで思っていた。

でも先日、恐いと思っていることを

恐いって言って、

どう恐いのかも話して、

応援して欲しいって言ったら

思いがけず沢山の応援がきた。

私は弱っていたから、

みんなのその気持ちがとても心に沁みて

涙が出た。

ありがたかった。

みんなの応援はこんなにあたたかくて、ありがたくて

凍った心を溶かすのだ

乾いた心を潤すのだと

知った。

そして気がついた。

私がこうやって受け取ることを

していなかっただけなんだって。

そもそも、くださいって

言ってなかった。

ずっとオアシスから遠いところで

喉をカラカラにしながら

神様に雨乞いをしていただけだった。

でも、そんなことをしなくても

みんながいるところに行って

お水を分けてくださいって

素直に言えていたら

みんなこんな風に

あたたかい気持ちで

お水を分けてくれていたのに。

それをただ信じるだけで良かったのに。

私はだいぶ遠回りしてしまった。

けれど

私はついに、

みんなのいる場所にいって、

そのお水を受け取ることができた。

そしてそれが乾いた心に

どれだけ優しく

あたたかく

沁みるのかも

よくわかった。

きっとそれを深くわかるためには

喉をカラカラにして

やせ我慢することも

必要なプロセスだったのだ。

そのお水が、どれほどありがたいか

尊いか

心を潤すか

私はそれをちゃんと心で受け取ったから

私も今度は誰かにそのお水をあげよう。

どれだけ喉が渇いていても

そのことを口に出して言えない人に

やせ我慢している人に

こっちにおいでよって言おう。

そして、私のお水を差しだそう。

そうやって、みんなが差し出したお水が、

大きく広がっていって

この世界全体を潤していく未来を

見続けよう。

そしてある時、

実はこの世界には水が潤沢にあって

それどころか

自分達が水そのもので出来ていて

足りないものも、

欠けているものも、

何もないんだっていう真実に

一斉に気づいていく

その未来を

信じ、見続けよう。