不思議な力

私と母と息子の親子三代で、息子の進路に関して家族会議をした。

学費とか就職率とかの数字で決めるのはやめよう。
計算ではなく、純粋にどの学校に行ったらワクワクするのか。
それで決めよう。

結果、ほどなくして満場一致であっさり決まった。

願書を書くにあたり、志望動機をどうやって書いたらいいのか悩んでいる息子に、あれこれインタビュー。

なぜそのキャリアを選ぼうと思ったのか。
どうしてそれが好きなのか。

息子にとっては自然すぎて、改めて考えたり言語化してこなかったこと。
私も今まで聞いたことがなかった、彼の世界。

いくつかの問いの先にあった彼の答えは、私には意外なものだった。

「人を癒すようなものを創りたい」

なんだ、そうか。
表現のツールは全然違うけど、根っこは私と同じなのか。
なんだなんだ、やっぱり親子なんだな。
そういえば、うちの母も同じだな。

結局、親子三代、目的は同じじゃないか・・。

なんだ、そうだったのか・・・。

そのことに気づいた時、不思議な感覚に包まれた。
そして、妙な納得感もあった。

私が人生を諦めていた頃に、生まれてきた息子。
諦め切る暇もなく、とにかく生きるしかなかった。

あれから17年も経ち、これまで頑張って働いてきたから、そろそろ隠居してもいいかなと枯れかけていた私に対し、

自ら夢を追いかける姿を見せ、

私の目を覚まし、新たな生きる目的をくれた。

そうか。枯れている場合ではなかった。

私はもっと働こう。もっと生きよう。

諦めるのは、まだ早かった。

いつもいつも、ものすごいタイミングで現れる息子。
その存在で、私を生きる方向へと突き動かす。
一体どんな縁なのだろう。

子供は親を助けるためにやってくるという。

それは本当で、神様はいるのだと思う。

70を過ぎたうちの母が、なんだか張り切っていた。

孫の夢に触発され、生きるモチベーションが湧いてきたのだ。

私達も親にとってのそういう存在だったのかもしれないと、その可能性を知る瞬間。

ワクワクは確かに伝播する。

夢はそれ自体がエネルギーだから。

夢が宿り、
その夢を自分が守り通して、
世の中に出す。分かち合う。

そうすると決めるのは、自分自身しかいない。

恐かったり、迷ったりして、決められない時もある。

けれど不思議な力は、偶然を装いつつ

ちゃんと意味ある場所に、私達を連れて行ってくれる。

静かに、優しく、

生きろ

と促す。

人生とは、生きるとは、

なんて不可思議で

神秘に満ちているのだろう。

そして私達をいつの間にか生へと運び押し流すその潮流は、

誰かの夢だったり、希望だったり、想いだったり、信じる気持ちだったり、

それらの目に見えない力が根底にあるのだと思う。

いつかの誰かが注いだからこそ生まれる、その潮流。

こうしてその恩恵を受けられることの、幸福。

そのことに深い感謝の想いを馳せ、

私もまた、その太古の流れの中に入っていこう。

失うものなど、何もないのだから。