あたりまえのこと

昨日息子と話していた時のこと。

そもそも反抗期なので日頃あまり口をきいてもらえないのだが、

昨日はたまたま話題が進路のことだったので、キレられたり、グチられたり、励ましたり、誤解を解いたりしながらも話をすることができた。

最後に席を立つ際に、息子はポツリ「看病してくれてありがとね」と言った。

2,3日前に息子は発熱したため、私は息子の部屋に布団を持ち込み夜中も看病したのだが、そのことを指して言っている。

看病といっても、頭を冷やすための氷枕を何度か取り替えただけだ。

「看病するなんてあたりまえなんだから、ありがとうなんて言わなくてもいいんだよ。そんなことでありがとうなんて言われたら、お母さんが今までどれだけあたりまえのことをしてあげられてなかったか、気にしちゃう」と私はうじうじ答えた。

そうしたら、

「感謝するのがあたりまえだ」

と返され、

このツンデレ対応に

思わずじーんとした。

「そんな風に言えるあなたは、本当に素晴らしいね」

と心を震わせながら言ったら、

「は?何が素晴らしいのか全然わからない」

と、さも意味不明という顔をして立ち去った。

お互いのあたりまえが、こんなに違うのに、
でもこの違いは不幸のモトではなく、とても幸せなことのように感じる。

そしてこれを書きながら、

ああ、そうか。と気づく。

息子は素晴らしい人に成長したのではなく、

もともと素晴らしかったのだ、と。

生まれた時から素晴らしくて、

素晴らしいのがあたりまえだったのだと。

私がどんなに考えあぐね、しっくりくる言葉を探し、言葉を尽くして心の内を表現しようと試みても

「感謝するのがあたりまえだ」

という、

シンプルで

自然に放たれた

この言葉の威力には、

とてもかなわないなぁと思う。

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